Memento Mori

05:予感

 寝る前に、全員で窓と扉の閉めを確認して、ベルクは戸口の隙間に魔除け用のよもぎに似た草を塞いだ後、皆で寝室に向かい就寝についた。俺は寝室の網戸がついた方の窓だけをきっちり閉めた後布団に入る。
 女神と話してから三日間がすぎた。今日なら、話しかけてくるかもしれない。
 一応自分の中に決心をついたところで、俺は眠るように全身を弛めて、瞼を閉じる。

 気がづいたら、闇に白い点が発光する空間にいた。目の前に、彼女は佇んでいた。悔しくもその静かな佇まいは湖の女神の様相のように美しいと思ってしまった。

「さっそく本題に入ろうか」
 挨拶など知らないように女神はすぐ切り出してきた。

「その前に、お願いがあるんだけど」
「ダメだ」
「まだ何も言ってないけど!?」と、顔を引きつらせるところで、そう言えばコイツ心が読めるんだったと思い出した。こんちくしょー。

「星の均衡は大事だ。ゆえにキミに私の力を与えるわけにはいかない、そう言ったはずだ」
「そうは言っても、俺、気づいたんだよね、自分が弱いってことをさ……」
 自分より全然若い子供のメイに力の差を見せつけられて、これは普通じゃないと判断した。おまけに身長が低い。

「違うな。女の方は脳の発達がやや早い、早期で元素を操る要領を掴めるのは普通のことだ。キミの場合、体の元主が脳力を鍛えるのを疎かにしていただけだろう」
「脳力を鍛える……?」
「脳には元素受容器というものがある」
 女神は自分の頭に指をさして説明を続ける。指が頭部にのめり込んでるけどやめてほしい。

「大脳皮質は指令を、基底核と小脳は出力の調節と大まかに分けて受容器から感知した元素の情報を扱う……キミに分かりやすく喩えば、道具の扱いの習得、と考えてもらって差し支えない。使えば使うほど慣れてくるものだ。これからせいぜい鍛えればいい」
 女神の理解しがたい説明に眉を顰めながら聞いていたが、至った結論でさらに眉間のしわを深めただけだ。

「これからって、あのな、遠征隊の人たちは待ってくれると思うか? 下手な奴なんて足手まといにしかならないんだぞ?」
 願いを受けた以上、戦う場面に出くわすことも覚悟したが、今の俺は脳力もなく、突出した才もない至って普通の農民だ。それでは戦うどころか、まずパーティに入ってもらえる可能性が低い。仮に入っても他人に負担をかけることになるだけだ。

「傭兵とか、もっと力が持つ体にした方が色々と都合がよかったと思うけどな」
 俺の不満に女神はただふんと鼻を鳴らした。妙に嫌な人間味が出る反応に笑いそうになる。

「合流するまで要する時間や距離、キミに合う躯体探しを含めて最適な選択をしたまでだ。それに、各地は治安の維持や瘧魔の退治をするには力が持つ者が礎になってくるのだ。キミをそういう身分にした方が領地を抜けるのはもっと難しいと思うがな」
「……そうか」
 女神の話を聞くと、現状は異変体を倒しに派兵するより領地を鎮守するほうが大事視されていると各地の動きから伝わっているので、俺は仕方なく頷いてみせた。
「そもそもキミには戦力を期待していないのだ」
 ……余計な一言だ!

 これ以上駄々こねても埒が明かないので、俺は次を尋ねようとすると、女神に止められる。
「まずはこちらの要件だ、君には五日後、遠征隊に会ってもらいたい」
「五日後!?」
 思ったより早いスケジュールに面を食らう。そうなると、明日には家の人たちに伝えないといけなくなる。けど、腹を括るしかない。

 女神は虚空に手を伸ばして、手の中に埋め込まれたケーブルのようなものが光ると同時に、虚空に青く光る点が出現し走り出していき、線として繋がっていくと大陸っぽい模様が完成された。なんとも不思議なテクノロジーに目を見張ってしまう。

「地図か! あの光ってる点ってどこだ?」
「キミがいる場所だ」
 地図には大まか5つの大陸に分かれて、それぞれの周辺に点々といくつかの小島が散在していた。村の位置を示す座標は右側の一番大きい大陸の中に淡く光っている。

 女神が座標のやや左下のところに指を指すと、今度は黄色く光る点が浮かぶように出現した。
「五日後、遠征隊がこの位置にあるティーシエという町を通ることになる、そこで合流だ。移動の距離を考えると遅くても四日後の昼までには出発してもらいたい」

 気が付けば、左側にある二番目の大きな大陸に赤く光る点が現れた。町から二つを繋げるように青い点が浮かび上がり線へと描いていく。
「異変体はこの位置にある。そしてこれが各地の気象、瘧魔の所在などあらゆる現時点で掴める要素を基準に予測された、一番安全で早く、かつ成功率が高い路線だ」
「遠いな……これ」

 青く光る線で示された距離はおそらく世界全体の三分の二の長さを有していた。よく見ると路線のあっちこっちがわずかにずれたり動いたりしている。現時点だから秒ごとに予測路線が変わっているのか。

「山と海を越える必要はあるが、治安や地形が悪い近道よりかはマシだ」
 地図に引きつけられた視線を女神に戻すと、彼女の右手ののひらの上にはいつのまにか稲妻で描かれたような立方体の輪郭が浮かんでいた。
 目を凝らすと中にはさらに数多くの細い雷が走り、しかしほとんど交差することはなく、唯一対角の輪郭線から生まれた二本の雷が交差した点に一際白く光を放っていた。

「なんだそれは?」と尋ねた俺に、女神はやや眉を寄せて立方体を目の前に渡してきた。
「……その成功率を予測するための計算器だ」
 女神の表情を察するにあまりいい数字は出てないだろう。俺はその中にある点を見つめる。
 えっと、点は一つしかないから、つまり、1%ってこと?
 俺の心を読んだ女神は顔をしかめたまま頷いた。

「うっそだろぉ! これが一番高いっていうの!?」
 女神が遠征隊に期待を抱いてるみたいだから何とかなると思ってたのに、こんな確率じゃ不安すぎる。
 俺は女神に疑問を伝えるより先に、彼女は目を半分に開いたまま白目と歯を剥いて、「ス――――っ」と、口から特大のため息をついた。

 え、急になに? 怖い。

 鋭い目つきにして歯を剥き出しにしたまま、威嚇する猛獣にも似た様相を呈した女神に冷や汗をかく思いで警戒していると彼女はやがて口を開いた。
「今まで討伐を試した遠征隊はいくつもあった、が、全滅だ」
「えっ」
「移動の途中で瘧魔にやられるか、病気に罹るか、騒乱に巻き込まれて死ぬのがほとんだ。中には国が派遣する軍隊もいたのだ。いながらにして、この結末だッ!」

 女神が滔滔と話しているうちにどんどん高ぶっていく側で俺はいつ来るか分からない爆発に身構える。
 お、落ち着けぇぇ!

「なにもかも、コイツのせいで、な!」
 女神が立方体を叩きつけるようにピシッと手を上げる。
「ひいっ」
 こっちに投げてくるかと素っ頓狂な声を出すと彼女は体をひねらせて地図に向かって放った。赤い点にぴったりと当たってそのまま地図をすり抜けてどっかへ消えていった立方体を目で追い、俺はささっと女神から距離を取る。

 この女……凶暴すぎ!!
 ほっとしたのも束の間、彼女はまた肉食獣の様な視線で俺を見据えて、ドンと迫ってきて見下ろしてくる。女神の長身の体軀と怒り心頭の美貌から放つ壮絶な圧に俺はプルプルと体を震わせた。

「私が直に頼れるのはキミしかいない! 何としても、彼らを予測の路線通りに、導くのだ!」
 分かったからそんな身長で俺を至近で睨むなぁ~~!
 俺の本音を聞いたのか、女神は目を瞬いてからゆっくりと身を引いた。

「キミは戦わなくていい、討伐は彼らに任せるとしよう」
 余計な考えをするな、と言わんばかりに女神から釘を刺されて、彼女はまた虚空に向かって手を伸ばす。また何かを見せてくるのかと思い俺はやんわりと阻止する。

「ちょっと待って、もしかして遠征隊のメンツを見せるのか? 一応聞くけど今皆何をしているの?」
「見ないことには分からないがな」
「えっと、じゃ俺はこのままで」

 画面が出るであろう前方から背を向け、俺は女神に続くよう視線で促す。
 万が一でも全員分のプライベートシーンを見せられたらと思うと己の道徳観というブレーキを外すことはできない。こいつなら遠慮なくやりかねないし。
 案の定面倒くさそうな表情を向けられて、女神は手を光らせると、視界の端にかすかな光の変化が捉えた。

「ふむ、いずれも入浴中だ、見るか?」
「見.な.い!」

「見なくても構わないが、続くぞ」
 話はまだ続きそうなので俺は地べたに座ることにした。尻から何の触感もしないのに座れていることに不思議に思う。この空間にいると明晰夢でも見ているような気分になるのだ。

「この遠征隊には四人がいる。まずは、キミが前に見た、女神教教徒の女だ。医術が優れているからその役割は言われるまでもないだろう」
「女神教なんてものあるのか」

 あのクリーム色のロングウェーブをした若い女性を思い出したところで、後ろめたさが湧きあがる。
 ……不本意だけど覗いちゃったからな。
 彼女の顔は覚えているので指定された町に行けば探し出せるだろう。顔を合わせるのが少し気まずいけど。

「隣にいるのは、狩り人の娘だ。野外生活の知識を心得ている、長い旅ではそういった知識は役に立つ。それから……ああ、ちょうどいい。浴場から出た」
「お?」
 俺は振り返ると、そこにはある建物の渡り廊下が現れていた。深まる夜の闇に僅かな灯だけでそれの全貌ははっきりと照らし映せなかったが、柱の華がある輪郭からして豪邸だろう。その中に一人、人影が見えた。
 柱の影の側に立っている人の容貌は朧としているが、とげのある短髪からして男だろうか。腰のところに剣柄らしきものが見えるが、武器を操る身分にしては体幹がどこか頼りなく感じた。彼は手すりに軽く手を預け、何かを考え込んでいるように顔を伏せている。

 ふと、彼と目が合った。
 まるでこちらを気づいたかのように、空を見上げた彼にドキッとしたうちに、もう一人が彼に近づいてきた。
 彼より背が高く、長い髪を一つに束ねており、体のフォルムからして女性であることが分かる。二人が合流すると、共に廊下の闇に紛れ込んで建物の中へ消えていった。

「誰? まさかこっちに気づいてっ」
「気づいていない。ヴェリーネ王国という、国の第二王子と騎士団副団長だ」
 ……さらっと王子様と副団長が国を抜けてるけど大丈夫!?
「二人は異変体と交戦した経験を持っているのだ、本人の意向で今回も討伐へ向かっている」
「国一つ滅ぼせるヤツと戦って生還した猛者ってわけか」
 道理で女神に希望を託されるだけのことはある。……1%の成功率とやらはさておき。

「というわけで、キミにはこれからこの四人を異変体の居場所まで導いてもらいたい」
「そう、ヤツをどう倒すよりもまず無事に辿り着くことが肝心だってことでいいんだな?」
「ああ」
 俺は今後の旅路について想像を巡らせる。女神と打ち合わせながら道中の情報を元に遠征隊を異変体のところまで導いていく。勇者パーティの斥候なんて大層な役割より、女神の監視下の案内役って感じだけど。
 と、ここまで考えて、俺はおそらく史上最大の落とし穴を、見つけてしまった。

「お、おおお、お前、俺の行動も全部見通しってこと?!」

 お風呂から、トイレまで、全部を!?
 そんな俺の動揺ぶりに女神は無愛想な無表情で、無情なまでにきっぱりと言い放つ。

「全部じゃないが、キミの行動を把握しなくては導きようがないだろう」
「変態覗き魔八尺女!!」

 またしも白目を剥かれて、俺はその場を逃げるように夢へ駆け込んだ。

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