Memento Mori

01:遭遇

フィクションは好きだ。

 映画に小説に漫画、空想の物語を具現化された作品の数々。実際には体験できないものの、絶対に安心で安全でいられる距離で楽しめるから面白い。だから例え人がトラックに轢かれて死ぬ、あるいは過酷な冒険を乗り越えて魔王と共倒れになるなど、残酷なシーンはあっても気楽に読める。だから目の前に映された自分の焼かれている体という非現実フィクションにも、どこか他人事みたいに俯瞰できている。

 熱い、ひたすらに熱いと、その全身の神経が悲鳴を上げているようだ。焦げた皮膚の匂いがこちらまで伝わるほどに鮮明に――いや、そもそも匂いの元はこっちなのか。
 誰かにすがろうと伸ばした炎に溶かされかけてる手を、やはり都合よく現れる英雄が握ってくれるなんてこともなかった。ましてやアイツなど。
 手がだらんと落ちる。それは目の前の、俺の命が終わりへと向かっていくという合図なのだと、悟るのだった。

 突如、微風に頬を撫でられた気がした。
 瞬くことすらできないはずのまぶたが上下する。
 「かは…っ」
 視界が鮮明になる。呼吸できる。呼吸だ。
 俺は酸素を肺に取り入れるよう深呼吸してみる。鼻はちゃんと機能しているみたいで空気から青草の匂いがした。

 ……草?

 俺は身を起こしてあたりを見渡す。降り注ぐ木漏れ日の前方には青々とした草原が広がり緩やかに下っていた。その先に鮮やかな緑の田んぼに囲まれた村が見える。暖かい風に吹き抜かれていく草の欠片に視線を追うと、遠くそびえる山々の間に町らしき輪郭が目に映った。
 幻覚でも見てるのかと思考もままならないはずの脳が働いて判断を下す。
 それより、痛みが、
 体を触ってみる。どこにも火傷も痛みもない、手の皮膚はいたって完好だ。それどころか、見知らぬ粗い繊維の服を着ている。

 状況が、飲み込めない。
 手を額に添えてこれまでの記憶を回想してみる。確か火事に飲まれて意識を失ったんだっけ。どうしてこんなところにいるんだ?
 もしかして、天国?

 そう思った矢先、頭にズギっと痛みが襲いかかった。そして、思い出される。
 いや、この景色は記憶にある、なのに俺は見たことがない・・・・・・

 「おーい! タルク! 木の下にいると危ないよ!」
 え?
 こちらに向かって走ってくる人影に緊張の声色で呼びかけられ、俺は返事しようとした瞬間、
 ドッ。
 何かが何にぶつかる音がしたと思った先に自分が地面に伏してしまってることに気づく。視線の前で巨大なリンゴがごろごろと遠くへ転がっていく。

 嘘だろぉ。また、死ぬかいぃ――

 「…きろ、…いるのか」
 朦朧とした暗闇の中、誰かが呼びかけてくる気がした。清らかながら力強い声が耳の近くまで響いて闇から引き出そうとしてくれる。なんて心地のいい声なんだろう。

 「目覚めなさいっ!」
 ゴゥオン。
 「ごわっ!?」

 二度目の衝撃を受けて思わず喚いた。無意識に防衛態勢を取ると上から影が差して、視線を上げば一人の女性がこっちを見つめている。
 いや、本当に人間か?
 そこにいるのはとてつもなく美しい女性だった。

 「目覚めたか? 話、聞いてた?」
 「話って……なんだっけ」

彼女の美貌に見惚れて俺は曖昧な返事を返してしまう。
 「チッ」

 は? この人、いま、チッした?
 初対面にもかかわらずつかれた悪態に唖然して俺は目の前の女性をじっと睨みつける。
 腰まで流れる長い銀白の髪はどこまでも艶やかだ。蝶みたいな形のヘアピンで前髪を両側に留められ、彼女の目尻がつりあがっている双眸を引き立てている。青と白を基調にしたドレスはぴったりと彼女の肢体のしなやかな曲線を描き出していた。ただ、なぜか両手が真っ黒で青く光るケーブルのような変わったものが仕込まれており、肌も全体から血色が欠けているように見える。
 そして、おそらく身長が2m超え。
 たっっっっっか……!

 この女神のような女が俺の頭を叩いたぁ?

 「まだ魂が定着できてないのか」」と、そう言うなり彼女がしゃがんで俺の胸ぐらを掴もうと迫ってくると思いきや、その不気味な手はまるで実体がなくすんなりと俺の体に――入り込んだ。

 「はあ!? ちょっ」
 「動かない」
 俺の混乱ぶりをよそに女性が俺の体内に遠慮がない手つきで何かを弄るように回し出す。するとなんとも名狀しがたい気持ち悪さが全身を駆け抜ける。命脈を保つ核心みたいなものが弄られるような、一歩でも間違えられたら死へと突き落とされるような、そんな戦慄が。

 「やめろ!」
 女を突き飛ばすつもりがその体に手がめり込んでしまう、触覚は一切感じなかった。気が狂いそうだ。

 「これでどうだ? 意識がはっきりした?」
 しばらくたったところで、女は立ち上がって尊大な態度を崩さないまま話しかけてくる。
 「はっ、はっきりどころか、死にかけてるんですけど? お前の一撃でさらに棺桶に片足を突っ込むところだったんですけど!?」
 先から訳が分からない行動の連発にうんざりして俺は皮肉っぽく返した。
 「ふん、ジョウダンが言えるくらい元気が戻るようでよかったな」彼女は鼻で笑いながら俺と距離を取る。
 「お前を攻撃したわけではないし、ここに棺桶というものもない」
 ……。
 言われてみれば、先ほどの衝撃に実感と言うにはどこか虚しく、痛みも感じなかった。ってことは……
 あたりを見回す。そこにはただ広げてる無限の闇と点在する白い光が存在するのに気づくまでさほど時間がかからなかった。
 全身から血の気が引いていく感じがした。

 「なんなんだよここはっ」
 「私の家、と捉えてもらって構わない」
 「意味わかんねえよ、俺、生きてるかどうか聞きてえんだよ」
 彼女は形のいい眉をひそめて「じゃそう聞けばいいだろう」と素っ気なく返した。
 カーッ! むかつくわコイツ!
 女の態度にイラたちながらもとりあえず続きを促すように無言で見つめる。

 「君はほぼ死んでるような状態だ。でも、それは君がいた星、地球での肉体の話だ」彼女は一息をおいてぽつぽつと話し始める。
 「君の魂が肉体から乖離し、地球の創造主には戻らず、私の星がいる次元に彷徨っていた。そこで君を拾ったわけだ」

 あまりにも予想からかけ離れた内容に眩暈がする。
 やはり全てが夢なんだ、そう違いない。

 「ちなみに、これは夢ではない」........まるで俺の心を見透したかのように彼女は言い足す。
 「いや、何か何だか……そもそもアンタって誰だ?」
 「今更か? まあいい」
 そう言って彼女は手を上に伸ばすと、周りの虚空は急に色と形を帯び始める、やがで地球に似て非なる星がその全貌を顕現した。

 「この星『ヴァーレナ』の創造主、ディアンナよ」

 俺の目を据えて自らを名乗った彼女の目が爛々と輝いている。夜に浮かんでいる星のようなそれらには瞳孔が備わっていないと気づいた。本当に、人間ではないのだった。
 彼女の背後にある星に目を向ける。地球と同じくらいの大きさか、深い影に覆われたそれを一筋の光が境界線を照らし始め、白銀の半月状に輝かせていく。その色は彼女の目によく似ている。

 生前、って言えばいいか分からないが、日の出など、ビルの窓からでしか見たことがなかったし、こんなに綺麗だなんて感嘆することも記憶にはなかった。
 おそらく宇宙のどこから俺は異星の日の出に似た風景を目に焼き付けたという事実リアルを前にして、それはなかなかにどうして、綺麗だと思うのだった。

 「ははっ」
 思わず乾いた笑いをこぼした。どんな感情を持ってこの現実を受け入ればいいだろう?
 俺は振り返ってその光景を眺める彼女に視線を移すと、その目にどこか影が差してるように見えた。  
 気のせいか?

 「君が先ほど目覚めた場所はつまり私の星『ヴァーレナ』にある。で、君の魂を死んだばかりの体に移したので今は生きてることになる。ここまでいい?」
 「ああ……」

 彼女――ディアンナの説明によれば、俺は地球とは違う星で生まれ変わった、でもないみたいだ。聞きたいことは山ほどあるが、話続けさせないと何も始まらない気がして、質問する衝動を抑えて何とか頷いた。
 「それで、最初の話に戻すけど、」視線を星から俺に移した彼女は口角を上げると、

 「君には私と一緒にヴァーレナを救ってもらいたいと思ってね」

 願いを口にした彼女の微笑みは美しかった。それは日の出の美景も見劣るほど、見る者の理性を溶かすほどの、そんな比喩そのままに俺は悔しくも我を忘れて見入る。

 誰もがきっとこの笑顔を見れば、彼女のためなら、どんな願いでも――

 「こ・と・わ・るっ!」

 まさか俺が断ると微塵も思ってないように顔を歪めた彼女に俺は大人気もなくニヤついてみせた。

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